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古都リヴィウのランチタイム
古都リヴィウのランチタイムss
ウクライナの歴史を紐解くと、島国の日本の様に境界がシンプルではない。広い平原が広がり、国境を隔てる大きな河川や山岳がなく、幾たびも他国に併合されたり、自立したりの繰り返しの歴史に見える。そのウクライナの西の古都リヴィウの絵である。
 古くからリヴィウの街は、バルト海と黒海を結ぶ交易路であることから、ポーランド公国やキーウ公国、ロシア帝国の支配を受けながら、そのたびに文化の中心であり続け、現在のウクライナ文化活動の中心地でもある。     F4:ペン彩画 ホワイトワトソン

*ご存知の通り、ウクライナは現在ロシアの侵略を受けており、国内は戦火に見舞われている。そんな時に、戦争の絵は描けない。戦地の塹壕やチカシェルター、避難地に逃れている兵士や市民・子供達は、戦場の絵は見たくもないであろう。寝るときにいつも思い出すのは、静かだった日常の変わりない風景だと思う。今はそんな絵をいくつか描いていきたいと思う。戦争の絵は戦争が終わるまで封印である。
ウクライナ周辺地図

ペン画中欧 | comment 0 | trackback 0 Top ↑
フリヒアナ
フッリヒアナ
 スペイン南部アンダルシア地方にあるフリシアナは、”スペインで一番美しい村”に選ばれたこともある、人口3000人ほどの、小さい有名な村です。アンダルシア特有の白い漆喰に塗られた家並みは、まばゆいほど目に沁み、小さな路地に草花が飾られ、目を楽しませる
だけでなく、強い日射を避けるためのでもある。そもそも、壁を白く塗ることは、日差しの熱を反射させ、室内の暑さを弱め、外光の
反射光を暗い室内に取り入れる知恵から生まれた。3月からが塗り替えの時期に当たる 。F6 ラングトン

この白い壁の街はおもに、スペイン南部のアンダル地方周辺と、南イタリア、エーゲ海の島々、モロッコなどの北アフリカの各地に見られる。いずれも日差しの強い地方で、日よけの暑さ対策と反射による室内の光源として利用されている。
スペインと言えば、地方によってさまざまな建築様式が存在している。もちろんイタリアなどもそうなんだが、ローマ帝国の崩壊による各地の民族大移動の混乱の中で、様々生活様式が生まれていて、建築の意匠の変化にも表れている。地域的な変化と時代的な変化を探していると、実に興味が尽きない絵の世界である。。
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イタリア チビタ ディ バニョレ
チビタ ディ バニョレ
今年は嫌な事が続く。この暑さに終わったと思ったオニクロンが第7波だとか?
憂さ晴らしにこのブログを見ていただき、感謝。気分良いでしょう。
私が渡欧した最初は50年前のローマでした。朝2時過ぎについて、現地の案内人との待ち合わせで、フォロロマーノに着いたのが夜明け前、2時間待たされてその場の日の出を十分に堪能した。これが今の私の心の宝ものです。塩野七生の”海の都の物語”、”ローマ人の物語り”はだいぶ楽しんだ。今凝っているのが、ランゴバルト族の足跡である。まだ絵にしていないがこれからが楽しみである。
 さて
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キーイウ_アンドリイ坂
キーイウ_アンドリイ坂ss
ウクライナの首都キーウのアンドリイ坂、いつもは道の両側に屋台が並び、市民や観光客でにぎわういわば街の名所である。左下のドニエブル川の河港で舟を降り、遊園地のある下町のポデール地区をとおりぬけて、曲がった坂を上るとここに出る。正面のアンドリ教会を登ると、黄金のドームで有名な、ミハイル修道院の高台に出て、市内を遠くまで見渡せる。坂を下ると近くにソフィア大聖堂もあり、市の中心の独立広場に至るメインルートである。絵は逆光だが、もうちょっと明るく描きたかったが、筆が進まず、暗くなってしまった。F4,ホワイトワトソン。
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キーウ Кий南郊の小さな教会
キーウ Кий南郊の小さな教会ss
今何かと注目を浴びているのが、ロシアによるウクライナの武力侵略である。当初の衝撃も、もうそろそろTVにも飽きたころだろうが、最初の衝撃も慣れてしまってはいけないと思い、いまだシッカリと観察をしている。ウクライナを直接助けて、ロシア軍を敗走させることはできないが、観察をつづけ、明日の予測を見極めていこう。揺間に見た21世紀も、まだ、こんな時代なんだ。
ある晴れた日の、キーウ南郊の日廻る畑を思って描いた。
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